若ハゲ29です。
仕事というのは不思議なものです。
仕事で忙殺されているとき、暇な人がとてつもなく羨ましくなります。
一方で、暇だと忙しい人がどこか羨ましく見えてしまいます。
私は現在、定時で帰れるような仕事をしています。
けっこう暇な時間が多いです。
そんなときは自分のスキルアップに繋がるようなことをしているのですが、このままでいいのかと思うときがけっこうあります。
しかし、そんなとき、仕事なんて大体がBullshit ジョブだと思うようにしています。
仕事って尊いの?
Bullshitジョブとは

Bullshitとは牛の糞という意味です。
Bullshitジョブとは「クソな仕事」という意味で、どうでもいい仕事のことです。
高賃金であるが意味のない仕事を揶揄する言葉として使われることが多いです。
イギリス人労働者の37%は自分の仕事をBullshitジョブだと感じているようです。
https://honz.jp/articles/-/44859
管理職を見ていても思いますよ。
大して意味のない仕事になんであんな時間をかけているのだろうかと。
Bullshitジョブを頑張るなんて無駄だと思っています。
会社での評価は上がるのかもしれませんがね。
仕事の地位が揺らいできた

Bullshitジョブが生まれる一方で、付加価値の高い仕事は、その仕事自体がなくても困らない仕事になりつつあります。
Facebookなんて生きていく上では不要ですが、時価総額では世界屈指の企業です。
Bullshitジョブにせよ、物凄く価値が高い仕事にせよ、それ自体がなくても世界は回ります。
というか、世の中に必須な仕事なんてほとんどないんじゃないでしょうか?
あなたの仕事って必要なの?
この質問に明確にイエスと答えられる方はどれだけいるのでしょうか。
仕事自体を美化する価値観には違和感があります。
仕事をすることが偉いという価値観はすでに私の中でなくなりつつあります。
昔と違って、仕事自体が生活に必須でなくなってきたからです。
昔はそれをやらないと社会が回らないという仕事がたくさんあったでしょう。
ですから、仕事を偉いと感じることができたのかもしれません。
しかし、今では必須の仕事は機械に置き換わり、利益率は決して高くありません。
必須な仕事は汎用化、機械化してコストがどんどん下がり、利益が望めなくなりました。
結果、社会に必須な仕事に従事する人は大幅に減りました。
一方で、利益を生み価値のある・価値を生み出す仕事はFacebookのような日常生活を彩るもので、生活に必須なものではなくなってきました。
だったら、仕事は余暇のようなもので、働く人が決して偉くはないよねと。
別にそれがなくても生きていけるのですから。
仕事は偉い地位から陥落したのです。
そして、仕事をしている人が偉いという価値感も消滅しつつあります。
仕事それ自体に意味はない。
そうすると、仕事が“人生の存在意義”のような地位になることは難しくなるでしょう。
猛烈社員のような、仕事に全てを捧げる生き方は馬鹿げています。
仕事で人生を捧げるほどのリターンを得ることは難しいからです。
変化の速い現代ではその仕事は数年後になくなっているかもしれないし、AIやITに置き換わっているかもしれません。
それに気づかず、嫌いな仕事で死にそうに働いている人は方向性を間違っていると言わざるを得ません。
もう仕事に人生を捧げる価値は残っていないのです。
(起業家などの特殊な方は除きます。)
仕事は二極化する

今後、仕事は二極化します。
好きな仕事に従事する人と、お金を稼ぐためと割り切って働く人です。
そりゃあ、好きな仕事で食っていけたら最高ですけどね。
でも、そんなの一部で万人に共通する方法ではないでしょう。
今後も、一部の天才が享受できる領域が“好きな仕事で生きていく”です。
こういう人だって決して尊いような存在ではなく、単に遊びで稼げる人です。
羨ましい存在ではありますが。
一方、割り切って働く人というのが大多数の人間のポジションになるかと。
Bullshitジョブのような仕事はこっちに該当します。
やりがいなんてものは消失し、給与などの待遇面が最も重視されていくでしょう。
割り切った仕事だって決して偉いわけではなく、ほとんどが意味のない仕事です。
ならば、嫌いな仕事で人生をすり減らすのは辞めましょう。
所詮、金のための仕事なんですから、そこまで根詰めてやってもしょうがないです。
仕事をするということ自体に価値はなくなってしまいました。
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