幸せになるのをやめてみる


若ハゲ29です。


私はどちらかというと努力をしてきた方の人間だと思います。
自分が幸せになるために努力してきました。
欲望をエネルギーとして。


いくつか挫折を経験し、その苦境の中でも幸せを諦めずに方策を考えていました。
しかし、そんなことをしていると、疲れてきます。


幸せを掴むのは非常に難しい。
そんなとき手にした本で幸せをあきらめてみるという衝撃のワードに出会ったのです。


幸せになるのをやめてみる



参考書籍



参考にしたのは南直哉さんの「悟りは開けない」です。本の内容は仏教をベースに現在の問題点を考察するというものです。

前半は著者の仏教の解釈が説明され、後半に現在の社会問題と仏教を照らし合わせるという二本立てです。


前向きは不要


筆者の主張は一貫しており、人生に前向きであろうと後ろ向きであろうと生きていればよい。
消極的に、後ろ向きに一生を全う出来たら、大したものだと。


前向き、積極的、夢、希望などと言い募るのは、市場社会が全力疾走を強いるため。
走っている人は足元が見えていない。周りの景色も見えない。
彼の現在は常に未来に投げ出され、彼の生は何かを失っていく。


消極的に後ろ向きに生きた人も何かを失っていく。


ならば、前向きも後ろ向きも一緒であると。


幸せは結果である


皆が目指す幸せというゴール。

幸せは目標ではなく、結果であると筆者は言います。
幸せになりたいと目指すのではなく、幸せだなぁと結果的に思えることであると。


だから、幸せになりたいと言い出すと、雲をつかむような話になるか、幸せなどと言うまでもない話になるということです。


そこで、方法論として、幸せになろうと思うことをやめ、幸せとは何かを考えることもやめればよいと。
すると、現在を取り戻すことができます。


「今日は面白かった」、「やれやれ、今日も一日終わったな」で十分だと。


そして、振り返ったときに積み重なったものを見て、「まあまあかな」と思えたら上出来です。


悟り世代の生き方


現在の50歳以上と目される経済成長世代は、夢と希望を持ち幸せになろうと懸命に労働し、職業をアイデンティティの基盤にしてきた人たちです。


そして、私のような現在アラサー世代は悟り世代と称され、消費に消極的で、身の回りのささやかな楽しさと好きなことに満足する特徴があると。


そして、著者は悟り世代に期待していると。というのも、悟り世代は夢、希望、前向き、積極的に疑問を抱き、別の生き方を提示しているように見えるからだと。


この世代は降りるテクニックを持ち、前に身を投げ出すように幸せを求めることに懐疑的だというのです。


そうかもしれません。


もう我々の世代には、経済成長世代の社会的条件もないし、仕事がAI・ロボットに奪われていきますから。


これからは従来とは違う新しい価値観が必要になるでしょう。


筆者は生き方として大きく下記の2つを提案します。


1.8勝7敗で十分


夢を持つことにこだわらず、自分の日常を喜び、自分が積み重ねてきたことを大切にすることが一つです。


すると、何を狙うのか、どこを目指す方が良いのか、経済成長世代とは違う選択肢出てきます。


そしてそれに向かってトライ&エラーをしろと。
試行錯誤に耐え、8勝7敗で十分ですよと。


2.嫌ではないことを続ける


これは、ひろゆきさんも同じことを言っています。


他人の役に立つ、嫌でないことをしようと。


著者はやりたいことは中学生の頃からなかったようで、人生のテーマは一つ、「死とはどういうことなのか?」を知りたかった。


そのために、人生を出家に賭けました。


そして、別に僧侶の生活は好きでも何でもないようで、嫌でなかったから続いたと。


「まあ、いいか」くらいでやっていくのもひとつの方法で、続けていくと積み上がってくるものがあると。


本を読了して


南直哉さんの生き方の提案はボトムアップ型だなと感じました。
とりあえず、手を付けてみてトライ&エラー。


嫌でなければ続ける。自分に合わなければ次へ行く。
その繰り返し。


その積み重なりを振り返り、まあまあだったと思えれば上出来という理論です。


私はトップダウン型の人生を歩んできました。


大企業で出世したい → 仕事を頑張る → プライベートを犠牲にしてもしょうがない


そして、失敗しました。
私にはトップダウン型は向いていなかったのかもしれません。


このような目標を定めないボトムアップ型の人生にチャレンジしてみたいと思います。

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