人生は苦である?①


若ハゲ29です。


仏教関連の本を読み進めると「人生は苦である」という言葉が出てきます。
お釈迦さまはすごいことを言うなと思いますね。


現代においても不変の真理なんじゃないでしょうか。
確かに人生って辛いことの方が多いと思いましたので、記事にします。


欲求は永遠に満たされない


人間は現状に不満を持ち、周りと比較して自分に足りないものを欲しがります。
そして、1つ欲求を満たすと、また別のものを欲しがります。


この欲求のループに終わりはない…。


一例を挙げてみます。


仕事をしていて、残業が多いことに不満を持ちます。
他の部署や会社の人は働き方改革で定時で帰っているのに、なんで俺だけ・・・。


すると突然、定時で帰れる部署に異動になりました。
しかも、自分の専門スキルが発揮でき、やりがいのある仕事です。


なんという幸運でしょうか。
最初は満足していました。


しかし、いつのまにかその環境が当たり前になり、今度は自分の給与に不満を持つようになりました。
他の会社のやつは給与が俺の1.5倍はあるじゃないか。
なんで俺だけ低いんだと。


しかし、勤務条件が良くて、給与も良い職場なんて限られており、全員が就業できるわけありません。


そして、運よくそういう仕事にありつけても、長く続くわけがありません。
流れの早い現代で定年まで勤められる保証なんてどこにもないんです。
諸行無常の原理がここにも働くわけです。


そうこうしてるうちに、どこかのタイミングで自分の欲求が満たされない壁にぶち当たります。
自分で改善できることは限られますから。
欲求を満たせないと自分は不幸だと苦しみを抱えることになります。


欲求が湧いてくる限り、それを満たせないと不幸を感じます。
これについて釈迦は「人生は苦である」と喝破しました。
いつまでも満たされない状態が続くわけですから、人生は苦なんです。


1つ欲求を満たすと満足して、次の欲求が湧いてくる無限ループ。
それは際限のない苦です。


幸福の感じ方は人それぞれ


日本人はまだ幸福だと思います。
日本はこれから没落していくとはいえ、衣食住に困っている人の割合は各国と比べ少ないわけですから。


これに気づくとちょっと救われたりします。


だけど、幸福を日々感じるかと言われるとそうでもない。。。


やっぱり個々人の幸せの基準があるわけで、日本人は基準が高くなってしまいました。
基準を下げるのは非常に難しい。


目の前の食べ物に困っている発展途上国の人と、目の前に仕事がなくて困っている日本人の不幸を感じる度合いは、そこまで差が無かったりします。


だから日本人だから幸せだと決めつけるのはいかがなもんかと。
他人から幸せに見えても、本人にはどうしようもない苦痛があるはずです。


満たされない欲求が本人の中にあれば、不幸の度合いは人それぞれでしょう。
単純に経済が発展しているからとか、治安がいいだとかそういった表面的な理由で、幸福は決まらない気がしています。


まぁ、日本は経済が発展していて治安もいいので、そのことに感謝しないといけないとは思います。
衣食住レベルでは他国より幸せなはずです。


だけど周りの日本人を見渡すと、みんなではしゃいでいる発展途上国の人たちの方が幸せに見えたりしますし。


話は戻りますが、欲求が存在して、それが満たされないと不幸になります。
そして、経済が発展することだって、どうやら幸せになれる絶対条件ではなさそうです。


しかし、人生は苦であり、欲求が永遠に満たされない自分は一生幸せになれないのかと決めつけるのは早い気がしています。


幸福に生きるにはどうしようか考える


楽しいことより辛いことの方が多いと思います。
そうじゃない人は幸運ですねというだけの話です。


ただ、一生苦しむと思って生きるだけでは虚しいでしょう。
そんな考えだと本当に自ら命を絶つ危険性だってあります。
何かできることを見つけて、取り組むしかないと思っています。


次回は私が考える私のような凡人が幸せになるために取り組むべきことを書いていきます。

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