ハゲに対する仏教的視点


若ハゲ29です。


このブログではハゲ対策について自身の解決策を提示しています。

これがハゲ対策の暫定解だ

2019年11月14日


簡単に申しますと、遺伝ハゲはどうしようもないから、メンタルを強化して乗り切るといったメッセージです。


さて、メンタルを強化するといっても個人では難しいものです。
そこで、私は様々な本を読み、仏教は使えるのではないかという視点を得ました。


仏教徒になれと言っているのではなく、仏教の考え方を取り込みましょうという提案です。
私もまだ勉強中の身ですが、仏教は目から鱗の知識にあふれています。


代表の参考書籍としてこちらをあげておきます。




ハゲに対する仏教的視点




仏教的には全て欲求が原因


仏教を一言でいうと欲を捨てる宗教です。
お釈迦さまの教えがより濃く反映されている上座仏教(タイやミャンマー)では間違いなくそう言えます。


我々人間には欲望があります。
髪がふさふさで若くカッコ良くありたいというのは欲です。


そしてその欲望には際限がありません。


仮にハゲの人がフサフサになったとしましょう。
一時的には満足しますが、また別の欲求が湧き上がって不満足になります。
例えばフサフサになっても全然モテないだとか。


結局、ハゲが治っても別の欲求が満たされないと幸せになれないのです。
しかし、欲望に際限はないですから、永遠に幸せになれません。
そのため、仏教では欲望を滅尽することを目標にしています。


しかし、我々のような在家(出家していない人)が欲望を失くすなんていうのは無理で、私も欲望を消せばいいのだという解決策を提示するつもりはありません。
第一、何年も厳しい修行をした人が辿り着けるかどうかという境地であり、万人向けではありません。


厳密に仏教で解決しようとすると、出家して欲望を消すことになってしまうので、仏教から使えるところを探していこうというのが本記事の試みです。


「無常」を知る


仏教では無常という概念があります。
万物は移り変わるという意味です。
この世で永遠のものは一つもありませんという教えです。


私も無常は真理だと思っています。
宗教を超えた教えでしょう。
この世の真理です。


では無常を使ってハゲについて考察しましょう。


まずハゲは遺伝的な影響や加齢による影響で髪が薄くなる現象です。
そして、これは基本的に何も処置をしなければどんどん進行します。


仏教から見れば全て「無常」なのですから、ハゲるのは当然のことと言えます。必ず頭皮も髪の毛も変化するのです。


仏教からすれば変化するのは当たり前なんだから、お前は何を悩んでいるのだという疑問すら浮かぶでしょう。


つまり問題は髪が薄くなることではなく、私たちの「見方」にあります。
見方というのはハゲが最悪なものと決めつける姿勢やカッコ悪いものに見えてしまう心の在り方と言えます。
つまりは強欲なのが問題です。


無常を使う


「ハゲたくない」という欲望は問題です。
男女問わずほぼ全員がこの欲望を持っているのですが、この欲望を捨てない限りはハゲと離れることはできません。


ここで無常を使ってみようではありませんか。


身体も無常です。
身体に変化は必ず訪れるのです。


さらにいうと30歳を超せば、身体は衰える方向の変化になるのです。
年を重ねるごとに外見の輝き、美しさを失っていきます。


美は無常なのです。
ハゲるということはこの美の一部を失うということですが、いずれ美の喪失は訪れるので早いか遅いかなのです。


私の場合はそれが20代の前半で訪れたというだけのことで。
必ず変化は訪れるので、その変化を受け入れようという話です。


つまり自分の中に変化を受け容れる度量があるかどうかです。
無常なんだから変化するのは当たり前だよね。
万物は自分の望むような変化はしないよね。
といったことに気づけるかどうか。


ここで無常の真理に抵抗しようとすると大変です。
まず大金がかかるでしょうし、変化を遅らせることや無理やり変化させようとすると、失敗したときの絶望は凄まじいものになります。


昔の私は無常に逆らおうとしてある程度のダメージを受けました。
無常を知っているかどうかでハゲへの受け容れ方も異なってくるでしょう。


苦しみの寄せ集めが人生


また、仏教では「生きることは苦である」という教えがあります。
生きることは仕事をする、家事をする、子育てをする、そんなものです。


どれもつらく厳しいもので、ほとんどの行為に終わりがなく延々と続きます。
人間は苦しく空しい努力を生きがいにしている。
つまり「生きることは苦である」のです。


これに気づけたことは幸運です。
生まれてラッキーという一般論があるけれど、私は人生って皆が言うほど幸せなものなのかと疑っていました。


愛する人との離別、仕事の苦しみ、人間関係の煩わしさ、老い、病気、貧困、最後には死が待っています。
たいていのことは苦です。


そうと分かれば逆に安心しましたね。
人生が苦ならば人生に対する期待もそんなにしなくていいじゃないですか。


ハゲたことは確かに不運です。
私の周りのアラサーに薄毛は少ないのです。
若ハゲは少数派といえるでしょう。


しかし、この世は無常であり、人生は苦なのだとわかれば、ハゲなんて小さい悩みです。
ハゲたならば避けられない変化と受け容れてやり過ごせばいい。
受け容れるまでの時間はかかりますがね。


そういう意味では、人はそこそこ幸せになれれば大成功なのです。


フサフサになろうなんて欲張らずに身の丈に合った確実な幸せをつかみ取ろうではありませんか。
無常に逆らわず、流れに身を任せるような人生で。

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