詳細プロフィール


みなさま、はじめまして。
若ハゲ30と申します。


私の人生史をご紹介します。

12歳~17歳、私立中高一貫校で過ごす


出来事

①テニス部:
 中学1年から続けるも高校1年で退部
 ⇒ 体育会系の雰囲気が無理だった

②スーパーレジアルバイト:
 高1の1年間だけやる。
 ⇒ つまらず続かなかった。

③高2の冬から真面目に受験勉強:
 勉強しないと将来が大変になると思い決意


私立中高一貫校に通った6年間の私のハイライトは上記の3つで終了します。
(中高一貫校といっても自称進学校レベルの学校です。)

簡単に言うと、鉛色の青春時代でした。
イケてない部類の学生です。
部活とアルバイトを中途半端にやめ、彼女もできず・・・。

中高一貫校という生温い環境が競争心を奪い取ってしまったのでしょう。

そんな私も大学受験を控え、将来に不安を覚えるようになります。

何事も中途半端な私でしたが、ここで勉強しないと人生が大変なことになると思い、高2の冬から猛勉強を開始します。

ドラゴン桜の影響で東大を目指し、平日は5時間、休日は9時間勉強するというストイックモードに。
特に夏休みは一日も遊ばず、毎日9時間勉強しました。

人生で一番勉強したのが大学受験のときでしたね。


その結果、高2の冬の時点の偏差値が50でしたが、高3の冬には70近くまで伸ばします。(河合塾の統一模試)


しかし、冬の東大模試ではE判定が出て万事休す。
泣く泣く東工大に進路変更することに・・・。





18歳~23歳、大学で青春を謳歌する


出来事

①東工大に入学
②テニスサークルを3年間
③塾講師アルバイトを6年間
④無線通信の研究を3年間
⑤就活で焦る
⑥ハゲていることに気づく


浪人は色々無理だったので、東工大を受験し、合格しました。

入学早々、大学生らしくテニスサークルに入ります。
遅れてきた青春を謳歌した貴重な3年間でした。
女子と話すことすら緊張した私もここで異性に慣れることができました。

アルバイトも再開。
勉強を教えることは得意だったので塾講師のアルバイトを選択します。
同僚にいい奴が多く、6年間も続けることができました。

苦しかった勉強生活の反動なのか、真面目に勉強せず、サークルと塾講師アルバイトを中心にダラダラ過ごします。

そのため、成績が芳しくなく、大学4年次で大学院への内部推薦をもらえませんでした・・・。
院試を受ける羽目になり、そこでまた気合を入れて勉強。
大学4年間で一番真面目に勉強したのは院試に向けての3か月間です。

なんとか合格し、同大学院に進学します。
さらに、大学4年次で入っていた研究室に運よく入り直すことができて、3年間同じ研究室で過ごしました。


ここで大学時代の最難関である就活に直面します。
2年上の先輩が大手に入れず苦戦しているのを目の当たりにします。
東工大という学歴に高を括っていた私は焦り始めました。

研究そっちのけで就活ばっかりやり、第一志望の鉄道会社に内定をいただけました。
4/4に内定をもらえたので、大学院2年次では1年間遊び倒しました。
その当時はその後に待ち受けていた会社の地獄を知らず有頂天でした・・・。

そして、この頃に自分がハゲていることに気づきます。
詳細は以下の記事で。

ハゲに気づき始めた時期・・・

2019年4月7日


学生時代を振り返ると、人生の節目で努力して運よく結果が実っていました。
しかし、社会人では努力が実らないことはよくあること。
どこかで慢心を抱いていた私は社会人となってから挫折し、苦労することになります。

学生時代までに大きな挫折を経験しておくべきでした・・・。





24歳~27歳、1社目で4年間を過ごす


出来事

①社会の厳しさを知る
②ストレスでさらにハゲ、AGAクリニックに通院
③転職を決意


第一志望の会社に自信満々で乗り込んだ私。
しかし、入社早々から社会の厳しさを叩き込まれます。

まず転勤。
いきなり岩手県に配属されます。
転勤がこんなに辛いものとは知りませんでした。

特に家族がいる方は単身赴任している人が大半で、家族と引き離されますし、子供がいる方は共働きの継続も難しいという状況になります。

社会人生活が30年以上続く身としては転勤生活は不合理だなと感じます。

続いて管理職の大変さ。
中間管理職が青天井で残業しているのを見るとゾッとしましたね。
責任が大きく、ストレスも比例して大きくなるため、割に合わないと感じました。


私は管理職養成コースの採用だったので、将来を考えると、自分が果たして幸せになれるのか疑問を感じざるを得ませんでした。

さらに仕事自体が厳しいものだなと社会人になって再確認しました。
こんなものを70歳までやるなんて狂気の沙汰だと思います。
学生時代の「会社で上り詰めてやろう」という青い野望は消え失せ、早めに労働を辞めたいと本気で思いました。

そして、3年目からは厳しい職場に配属になり、ストレスが増してハゲが進行しました。
詳しくは過去記事からどうぞ。

AGAクリニック体験記①~通院決断まで~

2019年4月8日


このころからAGAクリニックに通院し、ハゲ対策を始めます。
これは目次の「AGAクリニック体験記」の記事に全てまとめております。

AGAクリニック体験記②~副作用に苦しむ~

2019年4月9日


そして、そんなこんなで少なくとも自分の会社人生に希望を感じることができなかったので、転職を決意します。



28歳~現在、人生を模索中


出来事

①投資
②結婚
③ハゲ対策に暫定解を出す


28歳で転職となりましたが、果たして良かったのか悪かったのか今でも分かりません。

分かったことは、私は労働が嫌いだということ。
転職をしても環境が変わるだけで自分の根っこは変わりませんでした。

一刻も早く労働から抜け出すためには資産形成が重要です。
そのため、投資を始めました。
投資関連記事はブログに掲載しています。

投資をすべきか否か

2019年10月3日


そして、プライベートでは26歳のときから付き合っていた彼女と結婚し、現在に至ります。
現状は大過なく過ごしております。

一方ハゲ対策については試行錯誤を重ね、私の中で暫定解を出しました。
この記事をご覧ください。

これがハゲ対策の暫定解だ

2019年11月14日




いかに幸福度を上げるかが最大のテーマ


「若ハゲブログ」では様々なジャンルの記事を取り上げています。

しかし、根っこは同じで

いかに幸福に生きるか

がテーマです。


ハゲ対策を含め、読者の皆様が幸福に生きられるような情報提供を心掛けております。

私もどうすれば幸福に生きられるのか答えは出せておりませんが、長い人生の中で試行錯誤を重ね、いつかは導き出したいと思います。

こんな私ですが、皆様どうぞよろしくお願いいたします。