三浦春馬さんの訃報について


こんにちは、若ハゲ30です。


俳優の三浦春馬さんが 7/18 に亡くなりました。


詳細はまだ明らかになっておりませんが、首つり自殺という情報が流れています。
30歳という若さで私と同い年でした。


残念でなりません。


多くの人が口にするのが三浦春馬さんの性格の良さ。
悪口なんか見当たらない。


真面目で人のよい人間ほど社会に殺されるのかと思ってしまいます。


この記事を書こうと思ったのは、同じ週に職場の隣の課の方が自殺していたからです。
知っている方の自殺が立て続けに起こったので、少し気持ちが不安定になりました。




三浦春馬さんの訃報について





恋空をきっかけで知る


映画の「恋空」をご存知でしょうか?


私はガッキーファンなので、恋空をDVDで借りて観たのです。
私が高校、大学生くらいのときですよ。

そしてガッキーの彼氏役だったのが三浦春馬さんでした。

とにかくイケメンだった。
こんなカッコイイ人間がいるんだぁと衝撃を受けたのを今でも覚えています。

あのころは私も見た目を気にする多感な時期でしたから憧れましたね。
いまは私なんて若ハゲでどうしようもないですが笑。

学校の周りのイケメンをはるかに凌駕する、これぞプロの俳優といった感じです。

私は別にファンではありませんが、好きな俳優の1人でした。
ルックスでいったら日本のベスト3に入るなと思いますし。

恋空あたりから三浦春馬さんはメディアにたくさん出始め、若手トップ俳優の仲間入りをしました。



なぜ?


色々記事をあさりましたが、自殺の兆候はなかったようですね。

不自然な点はたくさんあります。

・近しい人に聞いても自殺の兆候がなかった。
・出演ドラマの撮影中であった。
・5月にインスタライブをしている。


本当に自殺なのか疑ってしまいます。
自殺する人の行動じゃないんですよ。

遺書が残されているって言うけど偽造できますしね。

日本の警察の捜査能力に期待したいです。

以下は仮に自殺だったとして話を進めます。


まず、人間はお互いを完全に理解することはできないのです。

高僧の南直哉さんは書籍で「人間は相手を理解できたと誤解して納得する」とおっしゃっています。


長年連れ添った夫婦ですら、お互いを誤解しているんです。
完全に理解している人なんていません。

ですから、いかに近い人間であろうと三浦春馬さんの芯の部分を理解することはできません。

ゆえに自殺理由も永遠に分かりません。

遺書が残されていますが、公開されなさそうですし、自殺の理由は一般人には永遠の謎かもしれません。


ただ、どうしても「なぜ?」と思ってしまいます。

あんなイケメンで何に不満があったのか。
売れっ子俳優でお金もあれば、自尊心は満たされますし、俳優を辞めるという選択肢も取れたと思います。

自殺する人に共通するのは「死にたい」のではなく「これ以上生きるのが嫌だ」という気持ちがあるそうです。

自殺の真相はおそらく永遠に分かりませんが、何かに絶望し生きるのが嫌になってしまったのかもしれません。




自殺を考えるのは普通

真っ当な人間ならば自殺を一回は考えるものです。
以下、南直哉さんのお言葉です。

人間ね、一回ぐらい自殺したくならなかったらね、人間としてだめですよ。だめ。
 
だからその、私は、自殺してほしくないと思うし、生きるほうに賭けるべきだと思うし、生きる決断をすべきだと思うし、その決断だけが、人間に存在の根拠とか意味とか価値を与えるとは思いますが、その、死にたくならないような人生を送ってたら、だめですよ。

「自分は、ああ、もう死んじまおうかな」と一回も考えない人生はね、人生と呼んじゃだめですよ。当たり前ですよ。


さらに、南直哉さんの言葉を借りれば、人間に自ら死んではいけない理由はないということです。

ですから、三浦春馬さんの選択が絶対に間違っているとは言えません。
だって、死んではいけない理由はないのですから。

ただ、南直哉さんは「生きるという選択を取ることが人間に存在の根拠とか意味とか価値を与える」ということでした。

三浦春馬さんのように自殺を考えるのは、はっきり言っておかしいことではありません。(実行に移すかは別です)
この弱肉強食の資本主義社会であれば、息苦しいのは当然なのです。

ただ、その苦しい状況の中で、生きるという選択肢を取れるかどうかなのでしょう。



結論:頼れる人がいるかどうか

自殺について結論を出しましょうか。
凡人の私には結論を紡ぎだせませんので、南直哉さんのお言葉で締めます。

転んでもいいんですよ。
転ばない人生はない。転んでもいいが、起きられるかどうかなんですよ。

で、もっと大事なのは、転んだときに「大丈夫だよ」って手を出してくれる人がいるかどうかなんですよ。

人の生に力を与えるのは結局ですね、別の人なんですよ。
当たり前でしょう? 
あなたの存在は、人から来たんだから。
名前だって自分で付けたわけじゃないし、言葉だって自分で覚えたわけじゃないし、立てるようになったのも親のおかげじゃないですか。

他者との関係性の中で自己が在るというのは当たり前で、この他者との関係性をどう充実させていくかということが重力を与えるんですわ。
そうすると、何度転んでもいいが、転んでどうしようもなかった時に「まあ大丈夫だよ」って言ってくれる人がいるかいないかですよね。


要するに一人で生きていくのは難しいということですわな。
人生で転んだときに声をかけてくれる人と付き合いましょう。

あなたが転んだときに見捨てるような人と結婚してはいけませんよ!

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